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版画 三井壽 ----------みつい・ひさし[b.1921--d.1988]
南画家・三井飯山の子として京都に生まれ、戦争体験のあと、戦後は日本版画運動協会創立にかかわる。1953年から亡くなるまでの30数年間、町田市能ヶ谷にて木版画の制作を続けた。晩年の80年には同地にアトリエとミニギャラリーを兼ねた「碧林山房(へきりんさんぼう)」を建て、意欲的に創作活動を行なった。

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かつて鶴川村といわれたこの地域で、農作業に励む人々の姿をとらえた「じさま・ばさま」や、丘陵地の路傍にたたずむ野の仏たちを版に彫った「ほとけ」などのシリーズがある。いずれの作品も、白黒のコントラストが効いていて、力強さを感じさせる。と同時に画面からはえも言われぬ優しさや温かさが滲み出る。
画家が暮らした60年代から70年代は、この地域の緑豊かな自然の景観が、宅地開発などによって無残に取り壊されていく時期と重なる。画家自身も自宅前の山林が切り崩されマンションが建つのを目の当たりにしたという。さぞかし無念な思いでいっぱいであったろう。そのことを知って、改めて作品を観ると尚一層、画家の地元や地元民への愛が感じ取れる。
没後は、三井の作品を愛するごく親しかった人たちによって、町田市立国際版画美術館などで回顧展が開催されている。観る機会の少ない版画家の作品に、今後また出合えることを期待したい。[IC]

参考文献=記念誌『版画家・三井壽と鶴川文化村展』(2012年・展覧会実行委員会編集・発行)

図1=婆さま(種まき) 木版/墨1版 43.6×21.8㎝ 1960年頃
図2=地蔵の母子像 木版/墨1版 42.0×28.5㎝ 1980年頃
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