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平面・立体 土屋美智子 ----------つちや・みちこ[b.1989-]
東京都生まれ。2015年、武蔵野美術大学大学院修了。16年より、町田市内に共同アトリエをもつ。わたらせアートプロジェクト(12年、栃木県足尾)、武蔵野美術大学+朝鮮大学合同展(12年、14年、15年)などに参加。

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立体 竹之内佑太 ----------たけのうち・ゆうた[b.1989-]
三重県生まれ。2013年より町田市在住。14年、多摩美術大学工芸学科卒業。 13年、アートギャラリー石(東京)にて初個展。15年、「画廊からの発言----新世代への視点」の作家としてなびす画廊で個展を開く。

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絵画 詫摩昭人 ----------たくま・あきひと[b.1966-]
takumaakihito-00.jpg 熊本県生まれ。1993年滋賀大学大学院教育学研究科修了。その後、マドリードのシルクロ・デ・ベラス・アルテスに学ぶ。92年初個展を開催、大阪の信濃橋画廊を中心に20回以上の個展を展開してきた。2006年に和光大学表現学部芸術学科の教員となり、町田市にアトリエを構えた。東京では、ギャルリー東京ユマニテ(京橋)や紀伊國屋画廊(新宿)で個展を開催。

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平面、インスタレーション 立原真理子 ----------たちはら・まりこ[b.1982-]
茨城県生まれ。2011年より町田市に在住。06年、女子美術大学芸術学部洋画専攻卒業。08年、東京藝術大学大学院修了。07年、初個展。大学では洋画を専攻していたが、そのころから既に現在のような、ドローイングと立体作品によるインスタレーションを制作していたという。「風景」というモチーフも一貫している。
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版画・絵画 田中陽子 ----------たなか・ようこ[b.1947-2008]
京都府生まれ。市内成瀬台に在住した。1970年和光大学人文学部芸術学科卒業。
斎藤寿一、荻太郎に学ぶ。創立一期生であった田中は、在学時代から制作には精力的に取り組んでいたという。71年には初個展を養清堂画廊で開催、以後同画廊を中心に全国で発表を行う。また市内のなるせ美術座(旧なるせ村田画廊)でも88年以降、4回の個展を開催している。田中の名を知らしめたのは、1995年の鹿沼市立川上澄夫美術館木版画大賞展での大賞受賞だった。版に彫られた明快な形態、はずむような色彩をもちいた躍動する人体といったモチーフは、80年代までのしごとによくみられた。
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絵画 田中義昭 ----------たなか・よしあき[b.1937-]
tanakayoshiaki-00.jpg 神奈川県生まれ。1959年武蔵野美術大学に学ぶ。大学では木下孝則に師事する。62年24回一水会展にて一水会賞受賞。63年一水会会員推挙。68-72年には毎年フォルム画廊で個展を開催。72年新鋭選抜展招待出品(日本橋三越)。72-75年渡仏、パリ国立美術大学ヤンケル教室に学ぶ。滞仏中、サロン・ドートンヌ展、ナショナル・デ・ボザール展等に出品。

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絵画 田辺修 ----------たなべ・おさむ[b.1940-]
山口県生まれ。1970年、武蔵野美術短期大学卒業。町田市に住んで40年近くになる。自宅に程近い高台にアトリエを構える。アトリエには制作途中の作品が壁一面に貼られていた。支持体となる紙の上に土が塗られた状態だ。紙は版画用の和紙を張り合わせたもの。小学校の教師をしていたころ、版画の授業で出た生徒たちの描き損じの紙を再利用したのが始まりだ。土を用いることも特徴のひとつだ。故郷である山口県の土で、描きながら子どもの頃遊んだ土壁や石垣を思い浮かべることもあるという。ほかに、水彩絵具、コンテ、木炭、墨、胡粉などさまざまな素材を駆使しながら描きあげる。

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イラストレーション 田村セツコ ----------たむら・せつこ[b.1938-]
東京都生まれ。高校を卒業して、銀行秘書課に勤務。しかし、子供の頃から物語を読んでは、そこからイメージする絵を描くのが大好きだった彼女は、夢だったイラストレーターの道へ。きっかけは、童画家の松本かつぢ氏に出した一通の往復ハガキだった。「雑誌に絵を描くお仕事には、どのような勉強と、手続きが必要なのですか?」。その返事が「あなたの作品を送ってください。良かったら道をつけてあげましょう」だった。そして描き上げた絵を松本氏に見せに通ううちに、出入りしている出版社の人の眼にとまり、デビューの機会を得る。

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版画 竹上妙 ----------たけがみ・たえ[b.1986-]
1986年東京都出身。画面には動物たちが放牧されている。愉快なまでにのびのびとした動物たちを描いている。その画面からは作者もとことん楽しんで制作に向かっていることが伝わってくる。

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彫刻 高橋清 ----------たかはし・きよし[b.1925-1996]
市内、版画美術館の脇の木陰にある黒い石彫の作者。新潟県に生まれる。1953年東京美術学校彫刻科を卒業。58年マヤ文化、を研究のため、メキシコに渡り11年間を過ごす。その間、60年にはメキシコ国立芸術院美術館で個展を開催する等、
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彫刻 高橋枡旺 ----------たかはし・ますお[b.1948-]
48年盛岡市に生まれる。71年和光大学芸術学科卒業。同大学で舟越保武、吉田芳夫より師授。72年新制作協会展初入選。77年、81年新制作協会展にて新作家賞受賞。82年新制作協会会員に推挙される。
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竹政健任 ----------たけまさ・けんじん[b.1937-]
takemasa-00.jpg 愛媛県出身。1961年多摩美術大学油絵科卒業。以後、美術教育の現場に携わってきたが、現在は制作に専心している。主体美術協会会員として毎年の協会展を中心に発表をしてきた。初期には抽象絵画を手掛けてことがあったが、大野五郎、寺田政明、吉井忠といった画家に学び、現在は具象、群像を多く描いてきた。
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絵画 土屋亮 ----------つちや・あきら[b.1931-]
長野県出身。1955年東京学芸大学美術科卒業。春陽会の倉田三郎に師事し、教職とともに制作活動を続けた。
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絵画 太智千恵子 ----------たち・ちえこ[b.1933-]
横浜国立大学学芸学部美術科を卒業。新制作協会の小関利雄の師事し、本格的に油彩に取り組む。結婚後、子育てや家事のために大作を手掛けることが困難な時期があったが、彫刻家である夫に支えられ、制作を継続してきたことが、現在の自分を築いたという。
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絵画 鳥居清光 ----------とりい・きよみつ[b.1938-]
本名せつ子。幼少より家業の手伝いをする。高校時代油彩画を学び、伊東清永に師事した。東京芸術大学では日本画を専攻する。卒業後、日生劇場のデザイン室、技術部に籍を置くが、鳥居派の技術習得のため、父 清忠につき修業に専念する。82年9代目鳥居清光を襲名した。
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絵画 田村正幸 ----------たむら・まさゆき[b.1953−]
東京都出身。子供の頃から絵が好きだったが、高校のとき放課後、菊名のアトリエに通い、絵画の基礎を学んだのがきっかけとなった。76年に東海大学に入学、グラフィックデザインを学び、在学中から晴海の国際見本市や音楽関係のイラストを描く等、デザイナーとして活動をしていた。
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漫画・美術 田河水泡 ----------たがわ・すいほう[b.1899-d.1989]
戦前期の子どもマンガを代表する作家。本名・高見澤仲太郎、東京出身。小学校を卒業後、薬屋に奉公に出、軍隊経験を経て、25年日本美術学校を卒業。当時の新興美術運動マヴォに参加、いまでいうパフォーマンスなど過激な発表を行なった。
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