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愛切 Pity is akin to love

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かわいそうったあ、惚れたってことよ。...だったか、漱石が訳していたのは。

2回目の介護認定の意見書をもらいに一昨日、母を近医に連れて行った。上京後初めて行ったときは、医者に行くことを漠然と理解したのか、それこそ必死で椅子にしがみついて拒否しようとしたものだった。たぶん、それなりに自分が病気であるかもしれないという恐れがあったのだろう。あれから1年半が経った。汚れが目立ったズボンの替えを手にもたせ(それが自分のものだとは認識できなかったが)履き替えるよう勧めたら、しばらく呆然としていたが、幾度めかの勧めにはあっさりその場でズボンを脱ぎ、新しいものに履き替えた。子どもであっても目の前で着替えることはなかった母が、またひとつ階段を下りた瞬間だったのだろう。爺ちゃんの通院の付き添いと言ったら素直に家を出てくれたし、いざ医者の前に行こうとしたときこそ瞬時は躊躇したものの、私が付き添った受診のあいだは、拍子抜けするほどおとなしくしていた。助かったけど、うれしいとは言えない。

季節を理解できず、恥じらいも失われていく。哀切である。しかし、母の地金が遠慮と感謝でできていることがますます見えてくる。料理をする私に感謝の言葉をくりかえし、なにかしなくてはとうろうろする。介護する人間にとっては、手放しでかわいらしいと言って済むことではない。だが、たまに見せる笑顔は愛しい。哀切というより愛切。べつに惚れちゃあいないが、ここに私の遺伝子の半分がいる。

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